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盛岡地方裁判所 昭和52年(ワ)414号 判決

原告 野里光雄

右訴訟代理人弁護士 沢藤統一郎

被告 久慈市

右代表者市長 久慈義昭

右指定代理人 岩舘公平

〈ほか二名〉

右訴訟代理人弁護士 菅原一郎

同 菅原瞳

主文

被告は原告に対し金四一八万九、六三〇円とこれに対する昭和五二年一二月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余は全部原告の負担とする。

この判決の第一項は原告が金一〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一求める裁判

一  原告

被告は原告に対し金三、〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項につき仮執行の宣言

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行の宣言に対しその免脱宣言

第二当事者間に争いのない事実

一  本件事故の発生

原告は昭和五一年五月一七日午前一一時一五分ころ普通貨物自動車(岩四四ち九三四三)を運転して久慈市宇部町第二四地割一三四番地先市道(以下本件市道という)を三崎から久慈方面に向け進行中、道路が進行左方向に屈曲する屈曲部で運転を誤り自動車もろ共約五〇メートルの崖下に転落し、頸椎不全損傷等の傷害を負った(以下これを本件事故という)。

二  本件事故現場附近の道路状況

1  本件市道は小袖部落の上村と下村を結ぶ道路で久慈市市街地から遠く離れた山林にあり、昭和四三年六月に久慈市の市道として認定され、この時からようやく車両の通行が可能になり、昭和四八年度から年次計画で巾員をひろげ、舗装も進んできてはいたが、車両通行量はすくなく、本件事故当時せいぜい一日数十台程度であった。

2  本件市道の本件事故現場附近の巾員は約四メートルであるが、本件事故現場附近において道路が原告の進行方向左側に急カーブを描く(曲線半径、原告主張二〇メートル、被告主張一五メートル)。そして道路の片側(弧の内側)は山、片側(弧の外側)は約五〇メートルの高低差をもつ崖状の谷になっている。

第三原告の主張

一  本件市道は被告の設置、管理するもので被告には元来事故防止上必要な箇所には、防護柵、擁壁その他安全な交通を確保するための施設を設ける等して道路が構造上危険なものでないよう安全を確保する義務がある。しかるに本件事故現場附近の道路の谷側路肩部分には防護柵、擁壁等自動車の転落防止のための施設がなかった。

二  本件事故現場にもし何らかの安全施設が設置されていたら、原告は本件事故に遭遇することはなかったと考えられる。本件事故現場附近の道路状況からすれば被告は当然右場所に防護柵、擁壁等を設置し、もって交通の安全をはかるべきであったのにこれをしなかったのは国家賠償法にいう道路の設置または管理の瑕疵に該当する。よって被告には原告が本件事故により蒙った損害を賠償する義務がある。

三  原告の損害は次のとおりである。

(一)  入院中の付添看護費用 一四二万五、〇〇〇円

原告は本件事故により蒙った頸椎不全損傷等の傷害の治療のため本件事故の日から五七〇日以上岩手県立久慈病院(但し、一時青森労災病院)に入院を余儀なくされた。この間原告の近親者が絶えず看護のため付添したので、その付添料、一日二、五〇〇円の割

(二)  入院雑費 二八万五、〇〇〇円

右入院期間中の諸雑費、一日五〇〇円の割

(三)  休業補償 三一八万七、五〇〇円

原告は本件事故当時合資会社野里木材店の無限責任社員で実質上の企業主であり、少なくとも年間二二五万円を下らない収入を得ていたが、原告が本件事故で受傷し、前記の如く、入院したため、右会社は解散、原告は無収入となった。そこで休業補償として年収二二五万円の一年七ヵ月分。

(四)  将来の逸失利益 三、一七三万円

原告は昭和五二年八月二四日、久慈病院医師駒ケ嶺正隆より、同日症状固定し後遺障害として「両上下肢運動及び知覚麻痺、歩行可能距離三〇メートル、膀胱直腸障害、左右握力五キログラム、跛行著名、腰部側湾、生殖能力不能」との診断を受けた。今後ともその回復の見込はなく、労働は全く不可能である。よって労働可能年令を六七歳までとして、向後二一年間の稼働期間に得べかりし各年二二五万円の合計をホフマン方式により年間五パーセントの中間利息を控除して算出した現価額

(五)  慰藉料 一、五〇〇万円

後遺障害一級と症状固定までの一年三月に及ぶ入院期間を考慮した額

(六)  弁護士費用 一五〇万円

四  よって、原告は被告に対し右損害額の合計金五、三一二万七、五〇〇円の一部である金三、〇〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告の主張

一  原告の主張一は認める。

二  同二は争う。原告は昭和四九年一二月、同五〇年四月ごろの二回交通事故で受傷し、本件事故当時車を安全に運転しうる健康状態になかったのに、車を運転し、しかも前方不注意という運転者としての基本的な注意を欠いた運転方法によって発生したのが本件事故である。本件事故現場には道路の路肩外に二、三メートルの平坦地があったから、ガードレール等なくても余程無謀な運転をしない限り通常車が道路外に転落するなどということはあり得ず、道路管理者にはかかる予想外の事故発生に対してまでこれを予想して安全設備を施すまでの義務はない。

三  同三は争う。但し原告主張事実中原告が本件事故により頸椎不全損傷等の傷害を負い入院したことは認める。但し入院期間、付添の有無等は不知。また原告は本件事故当時合資会社野里木材店を経営していたというが、同会社は本件事故前から従業員も退職し事実上営業を廃止していた。また原告は本件事故に関し千代田火災海上保険株式会社から各種の保険金として合計三、八六五万円、AIU保険会社からも二、二〇〇万円以上の保険金の支払を受けているから、慰藉料の算定にあたって考慮さるべきである。

四  同四は争う。

第五証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生、原告が同事故により頸椎不全損傷等の傷害を負った事実は当事者間に争いがない。原告は被告の本件市道の設置、管理に瑕疵があったため本件事故を招いたと主張し被告はこれを争うので、まずこれを検討する。

(一)  本件事故現場附近の道路状況

本件市道が市街地を遠く離れた山地部にあって車両の通行量もきわめて少なく一日数十台程度の道路であること、本件事故現場が道路の屈曲部(曲線形)で片側(曲線の内側)が山、片側(曲線の外側)が約五〇メートルの崖になっていること、その崖側に当時防護柵等自動車の転落を防止する施設が特に設けられていなかったこと、道路巾は本件事故現場附近において約四メートルあること、これらの事実は当事者間に争いがない。更に《証拠省略》によれば、次の諸事実が認められる。

1  本件市道を本件事故の日の原告の進行方向に沿って三崎方向から本件事故現場附近に向ってくると左側山の中腹部を蛇行しながら本件事故現場に達するが、道路は本件事故現場の手前まで約五度、本件事故現場を過ぎると約三度前後の下り勾配をなし、かように下りながら本件事故現場附近において道は左にカーブを描いている。その曲線半径は一五メートルである。

2  右道路は本件事故現場を少し過ぎたあたりまでアスファルト(滑り止めに粒型の荒い骨材のまざったアスファルトが使われている)で舗装され、右舗装部分の巾員が約四・一メートル曲線部の片勾配五パーセント、その内側(山側)には右舗装部分に接続して巾約三、四〇センチメートルの側溝が設置され、山肌に接続しているが、本件事故現場附近においてはカーブの見とおしをよくするため更に二、三〇センチメートル程度道路沿いの山肌が切りくずされている。また舗装部分の外側(原告の進行方向に沿って右側)の路肩部分は巾約五〇センチメートルあって耳芝が植えられているが、道路が本件事故現場附近において円弧を描くその円弧部分にはたまたま右路肩から崖までの間に巾三メートル前後の平坦地が付着している。崖の勾配は五〇度前後で下の方には草木が繁茂し、崖下には川が流れている。また右円弧部分の外側平坦地上に直径一メートルの円形のカーブミラーが設置されていた。

因みに本件市道が右の如く巾約四メートルのアスファルト舗装の道路として整備されたのは昭和四八年以後に被告市の実施した改修工事の結果であり、市は道路構造令等の法令を念頭において本件市道の整備を計画実施したので、本件事故現場附近においても――カーブのため見とおしはよくないがそれでも――右構造令に定める最低限の基準視距二〇メートルはかろうじて確保されていた。

(二)  本件事故の発生状況

原告が当日普通貨物自動車を運転して本件市道を三崎方面から久慈方向に下ってきて(本件事故現場附近が約五度の下り勾配であること前述)本件事故現場附近で路外に逸脱し自動車諸共崖下に転落したことは当事者間に争いがない。更に《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

1  原告は前記普通貨物自動車を時速三〇キロ位で運転し、本件事故現場近くまで走行してきたが、同現場附近の路外平坦地上にある前記カーブミラーの手前約三〇メートル位のところでたまたま訴外向井光男運転の対向車(ライトバン)とすれ違ったが、互に道路の中央寄りを進んできたせいもあってそのままではすれ違いが困難だったので、対向車が十数メートル後退し、カーブミラーの手前一二メートル位の地点ですれ違いをした。そのすれ違いを終えるころ後方でガンと接触音を聞いたような気がしたのでうしろをふり返りつゝ足をブレーキにのせただけで特に停車することなくそのまま前進を続けたため、車はカーブする道路を直進する結果となり、気がついた時には車が約一四、五メートル道路を直進してから路外に逸脱し、道路外側の平坦地上を約三メートル進んで崖下に転落する寸前であった。原告はあわてて車外に逃れるためドアをあけようとしたがかなわず、そのまま車ごと落下した。

なお右の認定は向井光男の言うところ(《証拠省略》)とは相違するが、弁論の全趣旨から相違点はほぼ原告のいうままを採用した。

2  原告は前に昭和四九年一二月ごろ一度交通事故(追突)にあい、事故直後約一〇日程入院したことがある。被告は原告がその後遺症により本件事故当時時に目まいが起るなど車を正常に運転しえない状態にあったのではないかと疑い、《証拠省略》には確かにそのような疑いを抱かせる根拠となる部分がないではないが、右証拠のみでは果して前事故の後遺症が本件事故当時まで残っていたのか否か、またそれが本件事故に関係があるか否かは、原告本人の供述の否定するところでもあり証拠上これを確認することができない。

以上認定したところによれば、本件事故はいずれにしても原告の前方不注意による操縦ミスを主原因としたものであることは疑問の余地がない。しかしながら、本件事故現場は下り勾配の道路が曲線半径一五メートルの弧を描いている車両の路外逸脱事故の危険度の高い場所である(因みに《証拠省略》によれば統計上も曲線半径三〇メートル以下の道路の路外逸脱事故率は著しく高い)うえ、高さ約五〇メートルの崖に近い場所である。こうした場所には防護柵を設置することが事故防止の見地から道路構造令のうえからも期待されているのであり、路肩外に前認定の如く平坦地があるとしてもなお右場所に防護柵のなかったことは被告市の道路管理の瑕疵にあたる。そうして右防護柵が設置されていたならば原告に前認定の如き操縦ミスがあったとしても本件の如き大事故にまではならなかったのではないかと予想される点において本件事故は結局原告の車両運行上の過失と被告の右道路管理の瑕疵との競合によって発生したと解すべきである。ただ本件事故の発生態様から本件事故は原告の過失からもっぱら発生したといっていい程原告の過失が極大であるからその過失割合は原告九対被告一位にみてさしつかえない。

二  そこで進んで原告の損害について判断する。

(一)  付添看護費

《証拠省略》によれば原告は本件事故直後に岩手県立久慈病院に収容され、本件事故により受けた頸髄損傷等の傷害の治療のため二ヵ月間同病院、ついで同年八月から昭和五三年八月三一日までの間にも始めの二ヵ月は青森労災病院、その後も一年以上再び県立久慈病院に入院していわゆるリハビリテーション等の治療を受けたことが知られる。前掲証拠によって知られる原告の入院時の症状からすれば当初はおそらく絶対安静であり、その後も他人の介添なしには日常の起き伏しにも不便があったとみられるから、人の世話が必要であったことがわかり、かつ、原告の近親者の付添看護があったものと推認できる。

付添看護料は一日二、〇〇〇円が相当であるから、右認定の入院期間――その正確な日数が必ずしも明確でないので最低限一年四ヵ月分につき――の付添看護費用として計金九六万円の損害を認める。

(二)  入院雑費

入院中少くとも一月一万五、〇〇〇円程度の諸雑費を必要とすることは吾人の経験則上あきらかであるから、前認定の入院期間最低限一年四ヵ月分についての諸雑費として計金二四万円の損害を認める。

(三)  休業補償

《証拠省略》によれば、原告は昭和六年生れの男子で昭和三四年ごろに兄と共同で合資会社野里木材店を設立し、その中心になって木材販売等の事業を営んできた。尤も右会社は本件事故当時相当規模を縮少し零細化してはいたがそれでも木材販売の仕事は続けていたのであり、原告はその収入(名目は給与)やプロパンガス販売等の利益で少くとも年間合計二二五万円の収入を得ていたこと、それが本件事故にあい原告の個人会社に近かった右会社は廃業となり、原告が無収入になったことが知られる。

そうだとすると原告が本件事故後本訴提起まで(一年七ヵ月)の休業損として年額二二五万円を基礎に少くとも金三一八万七、五〇〇円の損害を計上するのは相当である。

(四)  逸失利益

《証拠省略》によれば、原告は本件事故により頸髄損傷の傷害を受け、前認定の如き入院治療にも拘らず、昭和五二年一一月三〇日現在の岩手県立久慈病院医師駒ケ嶺正隆の診断によると両上肢知覚及び運動不全麻痺等の後遺症が残存し、両上下肢共筋力の低下が著しく、支えがなければ立ち上ることも出来ないような有様で、こうした「機能障害の回復の見込は期待できない」とされ、坐位で行う軽作業以外の労働は今後とも不可能と認められる。

右事実によれば原告は右後遺症により労働能力の少くとも八〇パーセントを喪失したと認むべきであるから、労働可能期間を六六歳までの向後(起訴時基準)二〇年間とみて、前記年収二二五万円の八〇パーセントを基礎にこの間の得べかりし利益の現時価(ホフマン方式により中間利息を控除)を計算すると、2,250,000×80/100×13.6160=24,508,800 金二、四五〇万八、八〇〇円の逸失利益が算出される。

以上(一)(二)(三)(四)についてはその合計額金二、八八九万六、三〇〇円について過失相殺をほどこし、その一割相当額金二八八万九、六三〇円をもって原告の請求しうる本件事故による損害と認める。

なお因みに、原告は前記のとおり昭和四九年にも車の追突事故を経験したことがあってその後遺症が本件事故当時も一部は残っていたのではないかという疑いもあるのであるが、その有無、程度の確認できないこと前記のとおりであるから、これは斟酌しない。

(五)  慰藉料

一方で前認定の如き原告の入院や後遺症の状況を考慮し、他方で本件事故の発生状況とりわけ本件事故に対する原告の過失を考慮するなど、本件証拠にあらわれた諸般の事情を綜合考慮すると本件事故による損害として原告の主張しうる慰藉料は金一〇〇万円と定めるのが相当である。

(六)  弁護士費用

原告が本訴の提起追行を弁護士沢藤統一郎に委任したことは本訴の経過自体によって明らかであるから、その費用報酬中金三〇万円を本件事故による損害と認める。

三  以上のとおりであるから被告は原告に対し金四一八万九、六三〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上あきらかな昭和五二年一二月二九日から支払済に至るまで年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって原告の本訴請求を右の範囲で認容し、他は失当として棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老澤美廣 裁判官 樋口直 裁判官原田卓は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 海老澤美廣)

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